復活!高専数楽通信

高専で『学び合い』を実践しているものの備忘録です。

今日の出来事

朝食後、庭の草取りをし、午前中学校で昨日出されたプリントの成績処理、期末試験の作成開始(まだまだ完成ではない)したくらいで、昼飯前に帰宅。午後は家でのんびり過ごした。

 

ところで学生たちの質問のしなささはどうしてなんだろう?クラスメイト同士でやりあっている人と明らかにわからない(小テストの結果から数学が得意でないと判断している)学生たちは、ずーっと自席に座ったまま、時間の経過を待っているような感じ。そしてできているくせにそういったクラスメイトには手を差し伸べないもの。断れるかもしれないけど「どう?大丈夫?」くらい言えないか。

 

結構相手のことを考えすぎて、あるいは断れるのに慣れていないとかで声をかけないというのもあるかもしれない。わからない側の学生も相手の時間を取ってしまって悪いなあと思っているかもしれない。

 

その辺の折り合いをつけるのは難しいか。そもそも他の授業ではこんなことは考えずに済むからなあ。ズーーと喋りっぱなし(説明しっぱなし)で終わるのが多いから。

 

もっと楽にやればいいのにと思うが、この年頃だとそうも行かぬか。

授業雑感

高専の数学は進むのが早いと言われるが、そもそもアドミッションポリシーに、理数系が得意な人って書かれてあるんだけどね。それを承知で入学しているんだから、つべこべ言わずに取り組めよって言いたい(言わないけど)。

 

でも数学は言葉だから、息をするかのごとく取り組まないとものにはならないよと警告はする。

 

さて金曜日は3コマある日です。1コマ目は1年生で対数に入りました。水曜日の授業まで3回で指数について学び、もう対数です。いやはや流石に早すぎるか。それも対数の定義をした後、すぐ対数の性質もやり、底の変換公式までやってのける。確かにめまぐるしいです。

 

2コマ目は4年生のフーリエ変換の性質です。$e^{-¥frac{x^2}{2}}$のフーリエ変換が$¥sqrt{2¥pi}e^{-¥frac{u^2}{2}}$になることは普通、関数論を用いて示すところだと思いますが、微分方程式からの経由で証明できるので、それを事前に課していました。

 

昼休みは弁当を素早く食べ、洗い物をし、次の授業の用意をし、あっという間に終わります。で、3コマ目は2年生の微積です。今日はパラメート表示された曲線の導関数ということで、サイクロイドを例として取り上げます。実際円状のものを転がしてどんな感じかをみてもらおうと、壁掛けの時計を使って、6の数字を原点に合わせ、実際転がして、6の数字が少し傾いたところで、ではこの点はどうやって表せば良いか?っと考えてもらいました。私自身、頭の中だけで考察するのは苦手で、こうやって実際ものを使ってでないとなかなかイメージできません。

 

数学を勉強する時、頭の中だけであれこれ考えて結局何も手が付かないという学生が多いですが、絵を描いたり、ものを使って考えればいいのになあと思いますがどうでしょう?手触り感や他人とのコミュニケーションやありとあらゆるもの、使えるものは全て使って楽しめばいいのになあと思います。

授業雑感

今日は4年生の授業1コマ。フーリエ変換の性質についてだったが、内容はともかく、また学年によらず私の授業の中では、教科書にかかれてあることのギャップを取り上げて問題としている。

 

どういうことかというと、教科書ではページ数の制限その他の理由から1つ1つ丁寧に書かれているわけではない(アメリカの教科書は電話帳のような分厚いやつがあるが)。そのため、式と式の間にギャップがあったり、言葉で「2つの式を比較して云々、結論の式」というようなところがあるので、「そこの=」はなぜか説明せよみたいに設問をつける。となると、ちまたに出ている高専の数学の教科書の虎の巻は使えない状態になる。が、ここ1、2年AIが出てきてしまったので、このような問題さえ、写真に撮って投げかければ答えが出てくるだろう。

 

適当にやっている連中と自分の頭で(仲間との相談も含めて)やる連中とでは、どんな差になって現れるのだろう?

授業雑感

1年生の授業は指数関数・対数関数の単元に入りました。今日は指数の拡張の学習。すでに物理の授業で10の0乗とかマイナス乗はやっているということを知っていたので、そのことを学生たちに振ってみると、全員ではなかったが、うなづくものが多かったのでやっていたのでしょう。ということででは「10の0乗は?」と聞いてみると、「1」です。そこですかさず、「なぜ?」と問うと、一瞬戸惑った様子を見せたものの、学生にあてて聞いてみると、理屈が通った説明をしていたので「よし」としました。

 

このように彼らが知っていることでも「なぜ」を大事に問いたいと思いました。また別の場面で、aの分数乗を定める際に、指数法則が成り立つとすれば、

(aのw/n乗)^n=a^m

が成り立つけれど、この式を言葉で行ってごらん?と別の学生に質問すると、言葉が出てきません。そこで呼び水として、「aのw/n乗は」からはじめてくださいと問いても、まだ出ませんでした。式を言葉で表現することも大切なことだと思うのですが、いかがでしょうか?

授業雑感

授業での教員からの質問って、教員側からすると、「こんなにやさしいのだから(ほぼ間違えずに)答えられるだろう」って期待しながら、当てるような気がする。あるいは絶対答えられるようなものにしている、あるいはこの程度は間違えずに答えられないと困るレベルの質問をしている。私の場合。

 

例えば、絶対答えられる(無言では済まない)タイプの問題では、今2年生は曲線の凹凸という内容を学んでいるので、最初に「じゃあ、黒板になんてもいいから曲線を描いてください。〇〇さん、どうですか?」みたいな問題。1年生では後期に図形を学ぶので、楕円をひもを使って私がひもの両端を固定して、学生にはチョークでひもをピンと張った状態で少しずつずらして軌跡を描く問題(というか作業)。

 

こう行った作業的なものはいいが、そのほかの上にあげた問題では、急に当てられて真っ白になったり、仲間の前で恥をかきたくないという気持ちとか、あるいは話を聞いてなくて何を質問されたか自体を理解していないとか。

 

質問って難しいですね。

 

そうそう、逆に演習の時間になって、仲間同士の質問はあるけれど、教員に対してはしないね。学生と保護者と面談する場面で、「わからないときは先生に聞けばいいね」と保護者あるいはその時の面談の先生は言うことが多いけれど、現実は学生は教員にまず質問しないということがわかっているだろうか?